聖夜

クリスマスだから献立にケーキって書いてあったけれど、今は何も食べちゃいけないから、食べられなかった。病室のベッドの上で母は言った。手術は15時半頃から始まって、僕は、姉が母親の入院中の暇潰しにと持ってきていた「星の王子さま」を読んで、手術が終わるのを待った。丁度読み終わった頃に、看護師が手術が終わったことを告げに来た。母は子宮に筋腫があったことと、元々子宮の形が不恰好であったことで長年、酷い生理痛と出血に悩まされていた。そのせいで仕事を早退して帰ってきて、寝室に籠っていることもあった。それは、僕には一生分からない辛さであった。ただ、とても辛いのだろうな、ということは嫌でも伝わっていた。
子宮を身体から取り出すということを、母がどれ程の覚悟を持って決断したことなのか、僕には分からない。多くの血と身体の一部を代償として、母はこれからの時間を保証することを選んだ。
取り出した子宮の写真を撮っておいてね、見てみたいから。と、術前、母は父に依頼した。冗談なのか本気なのか分からない口調であった。表情や言葉には出さず、不安を隠して明るく装っていたような気もする。
母は3人の子を産んだ。母の子宮で3人の人間が、文字通り、生まれた。僕も、そこで生まれ、産まれて、そして、母の病室で母の身体の一部が切除されるのを待っていた。
もう、母の中には僕の生まれた場所は無くなってしまった。今までそこにあったそれは、もう母の内には無く、それの収まっていた空洞には、母自身の未来が生み出された。とても喜ばしいことである。少し寂しいけれど。もう、僕の起源地は無くなってしまったのだから。しかし、寂しさよりも、感謝と尊敬を改めて感じている。あとは、最後に生まれたそれが、産まれるのを待つだけだ。術後、目を覚ました母が最初に口にした言葉は「喉が渇いた」であった。母は強し。