憂き世話

この部屋に居ると、落ち着くので、私はよくこの部屋を訪れます。私は几帳面な性格ではなく、どちらかというと大雑把な性格をしているせいもあって、この雑然とした空間を堪らなく心地良く感じるのです。今、私の周囲は様々な物で溢れて、少しでも手を触れたならばそれらが崩れ落ちて、生き埋めになってしまいそうで、私はきょろきょろと辺りを見回しては呼吸を整えて、大丈夫、此処はこんなにも居心地が良いのだから、と自分を慰めております。此処にある物たちは、きっとそれぞれに理由があってこの部屋に匿われているのでしょう。なんとなく、そんな気が致します。この手足の妙に長い猿のぬいぐるみも、きっと何か意味があってこの様な形をしているはずです。根拠はありませんが、私はそう思います。この部屋の広さはどれ程のものなのでしょうか。なにしろ沢山の物が積み重なって、見通しが悪いものですから、奥行きがどれくらいあるのか、私が今この部屋のどの辺りに居るのかすらも全く見当がつきません。あなたも、もしかしたら、この部屋の何処かにいるのではないですか。ほら、昔話してくれましたよね、手足の妙に長い猿のぬいぐるみの話。こいつは僕の母親みたいなものだから、と言って、あなたはどこへ行くにもそのぬいぐるみの手足をあなたの胴体に巻き付けて、嬉しそうな顔をしていましたね。入り口も出口もございません。私はこの部屋が好き、という訳ではございません。ただ、居心地が良いというだけです。ほら、あそこ、誰かがこっちを見ている。手を伸ばせば届きそうな距離です。でも、ほら、届かない。こんなにも物が溢れているのに、何処までも走っていけるのです。誰かが、泣いている、笑っている、怒っている、みんなみんな、息を吸って吐いている、たしか、私は少しの間息を止めてみようと思ったのでした。この部屋は落ち着くけれど、長居をしてしまうのは良くない様です。息を吸うと、また、私は外へ放り出されて、そして、いつも、息が詰まるのです。