憂き世話

薄っぺらいビーチサンダルが小石を踏みつけた。小石はビーチサンダルの底に食い込んで、ビーチサンダルの底に小さな窪みが出来た。鋭利な小石に刺されたそこからは一滴の血も流れない。夏の夜の国道沿い、歩道を歩いている。通り過ぎていくのは大型のトラックばかりだ。車通りの少ないこの時間、昼間よりも速度を出して大きな金属の塊が身体の数メートル横を走っている。トラックに掻き分けられた空気がぬるい風になって、髪の毛を揺らす。

夜の散歩は、寂しい。自動販売機と街灯とコンビニの明かりだけが自分を照らしてくれる数少ない光で、暗闇に溶けるような黒色のTシャツを着てきたことを少しだけ後悔する。

コウモリが街灯の薄暗い光の周りをぐるぐると飛んでいる。大きな蛾のようにも見えた。

この街が死んだように眠っている間だけ、ひとりになることができる。日が昇れば多くの人間が目を覚ます。泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、うるさくなる。生きているんだ、という主張を各々が必死になって繰り返す。死んだ人間のことなど、思い出す人の方が少ない。生きている人間というのは往々にして生きたがる。生きたことしかないくせに、それが全てだと思い込む。

コンビニで買った甘い酒の小さな瓶を地面に叩きつけると、ぱりん、という音とともに小さな欠片がいくつも生まれた。欠片たちは暗闇の中の光を搔き集め、反射して、まるで地面に小さな星空が誕生した瞬間を見たような気がした。ビーチサンダルを脱いで、星空を踏みつける。欠片が足の裏に食い込む感触。痛かった。足の裏に出来た細かくて小さな窪みたちからは、赤黒い血がぷくりと溢れ出して、それらはすぐに窪みではなくなった。小さな血の池地獄だ、と思った。