2016年10月21日のこと

僕の住む街で大きな地震が起きた。 揺れ始めた時に何をしていたのか、もうあまりよく覚えていない。ベッドに座って、振動する部屋の中で、棚から空き瓶や小銭をためていた小箱や木で出来た蛙の置物や、いろいろなものがポロポロと落下していくのを見ていた。スマホが耳障りな緊急地震速報を鳴らし始めたのは、揺れが始まってから数秒後で、これじゃただの事後報告じゃないか、と思った。

 

幼い頃にも地震を経験したことがある。たしか震度3くらいだった。保育園のお昼寝の時間に、突然窓がガタガタと音を立て始めたのだった。みんな、起き上がってぼうっとしていた。先生たちだけが深刻な顔をして、何か僕たちに話しかけ続けていたけれど、それを聞いている園児なんていなかったと思う。揺れが収まってから、隣に座っていた麗ちゃんに「ゴジラが来たのかと思った」と言うと、麗ちゃんは笑っていた。先生が部屋の隅に設置されていたテレビをつけて、「怖いなぁ」と言っていた。

 

揺れは5分位続いた。いや、5分に思えただけで、実際は3分だったかもしれないし 、30秒だったかもしれない。非日常に投げ込まれたときの時間の感覚なんて曖昧なものだ。 Twitterを開くと、地震に関するツイートばかりが画面を覆い尽くしていた。「揺れてる、怖い怖い」なんて、本当に怖いと思っている人がTwitterなんて開いて投稿している場合かよ、と少し面白く感じた。数分前まで、授業が退屈だとか、バイトが面倒だとか、そんな呟きばかりだったのに、揺れが始まった時間帯からは、スイッチが切り替わったかのように、地震のことしか呟かれていなかった。

 

余震は数分に一回のペースで続いた。祖母に電話をしてみると、繋がらなかった。サーバーが混み合っているのだと思った。しばらくしてからかけ直すと、息を切らした祖母の声が電話口から聞こえてきた。動揺しているようだったので、少しでも安心させようと、楽しげな声で話してみた。両親は共働きだし、弟は高校に行っている。姉は県外の大学院に通っている。祖母は昼間、家に一人なのだった。寂しがりやで、最近は足の具合が悪く歩くのも辛そうにしている祖母が一人で揺れに耐えたのだと考えると胸が痛んだ。怖かったよな、と声には出さずに言ってみる。

 

ガスの点検は予定通り行われたので少し驚いた。数日前に「21日金曜日にお伺いします」という内容の手紙がポストに入っていた。ガス会社のおじさんは何事もなかったかのように「こんにちわー」とやって来た。点検してもらっている最中にも大きめな余震が来て、また、棚から小物が落下した。おじさんと僕は苦笑いをしながら顔を見合わせた。「余震、けっこう来ますね」なんて馬鹿みたいな会話をおじさんと交わした。

 

夕方、また祖母と電話をした。近所の家を訪ねてみたら、焦っている自分とは裏腹にその家族はみんな平気な顔をしてた、と言っていた。やっぱり祖母は一人が怖かったんだな、と僕は思った。話をしているうちに、祖母がいつも通りの世間話を始めたので、僕は安心する。しばらく話を聞くともなしに聞いて電話を切った。

 

余震は回数を減らしながらも、やはり続いている。揺れの強かった地域では今後1週間程度は大きな地震が起こる恐れがある、とテレビで言っていた。現実味のない現実が続く。