憂き世話

夕方くらいから、日が暮れて数時間経った今まで、ずっとずっと同じ問題を考え続けている。

 

自分の頭が相当に悪いと気づいたのは最近のことで、「宿題面倒臭いよ〜」なんて台詞が、教室のあちこちから毎日聞こえてくるものだから、私は勝手に勘違いをしていたのだ。プリントを1枚終わらせるのにみんな8時間くらい使うものだとあたしは思っていたのだけれど、プリント1枚に8時間使っているというのは異常なことらしいと、みっちゃんのこれでもかと真ん丸に見開かれた目を見て気づいてしまったのだ。

「昨日、寝るの遅くなっちゃったんだ〜、眠いよ〜」

と、みっちゃんが言ったので

「宿題? 昨日のプリント難しかったもんね、あたしも終わらせるのに12時間かかったから徹夜して学校来たんだー」

と言うと、みっちゃんは、なるほど眼球って本当に真ん丸い球体だから眼球っていうんだ、へぇ〜すごいなぁ、って思ってしまうくらいに目を真ん丸にして、

「12時間もかかったの? あたし40分で出来たよ。昨日は録り溜めてたドラマ一気見したから寝れなかったんだよ、え、12時間って、すごいね、そんなに難しかったかな、うん、まぁ、難しかったけど」

そこであたしは気づいてしまったのだった。

 

あれ? あたし、もしかしてめちゃくちゃに頭が悪いのかな?

 

みっちゃんはプリント1枚を40分で終わらせると言う。みっちゃんだけではない。「えぇ〜、40分なんて嘘だ〜、ねぇ、8時間はかかるよねぇ?」と近くにいたトシくんとあきちゃんに同意を求めると、トシくんもあきちゃんも、何言ってんだこいつ、って顔をしながら「40分あればいける」と言った。40分でプリント1枚を終わらせることができるなんてあたしにはにわかに信じられない。驚きの速さだ。爆速。あたしはプリント1枚に8時間かかる。だから、宿題にプリントが2枚出てしまった時は大変だ。単純に計算して16時間掛かる。この「単純な計算」をするのにも10分かかった。なんで今まで自分がめちゃくちゃに頭が悪いことに気づかなかったのだろう。少なくとも、家族は気づいていたんじゃないのか。教えてくれよ。父さんも母さんも「トモちゃんは、頭がいいねぇ〜」って言ってるのはなんなんだよ。

そこでまた、あたしは気づく。

父さんも母さんも、本当はあたしがめちゃくちゃ頭が悪いと分かっているのだ。分かっているけど、認めたくないのだ。父さんも母さんも特別頭が良いわけではないけど、まさか自分の子供がこんなにも頭が悪いだなんて信じたくなくて、だから、「頭がいいねぇ〜」なんて、わざと呑気に笑って見せて、あたしはまんまとそれに騙されて、そうやって父さんと母さんは現実を見ないふりしているのだ。その証拠に、あたしが毎回0点のテストを持って帰ると、母さんは「あれ、おかしいね、1と0が足りないね」とか言って、0の前に1と0を付け足して「100」を作り出す。それを見てめちゃくちゃに頭が悪いあたしは「やった100点だ、あたしって賢いなぁ」と思ってしまっていた。

 

15年生きてきて、やっと、やっと、自分がめちゃくちゃに頭が悪いと気づいてしまったあたしの絶望たるや言葉にできない。なんてったって、15年間も自分がめちゃくちゃに頭が悪いことに気づかないくらいめちゃくちゃに頭が悪いのだ。なんてことだ。15年もかけてやっと解き明かした答えがこれだなんて、名探偵コナンもビックリ、身体は大人、頭脳は猿以下。じっちゃんの名にかけて!なんて口が裂けても言えない。じっちゃんマジごめん。

 

あれ? でも、めちゃくちゃに頭が悪いあたしは今までちゃんと勉強してきて、それでもこうやってめちゃくちゃに頭が悪いのだから、これから先、勉強したところで人並みに頭良くはなれない、つまり底が知れてるってことで、あたしは今までプリントを解くのに使っていた8時間を自由に使ったところで何の問題もないのでは? 8時間もあれば、ちょっと遠出して帰ってくることもできる。あれあれ? めちゃくちゃ自由じゃん、あたし。だから、あたしはもう問題を解くのをやめる。

 

 

数年経って、あたしは「本当の自由」をみつける。「本当の自由」をこれまでたくさんの人々が探し求めてきたけれど、それを見つけた人はひとりとしていなかった。でも、あたしは見つけた。めちゃくちゃに頭が悪いあたしは、誰にも見つけられなかった答えを見つけた。そう、めちゃくちゃに頭が悪いあたしは、実は誰よりも頭が良かったのだ。えっへん。だからといって、あたしは他の人を馬鹿にしたりはしない。だってあたしはめちゃくちゃに頭が悪いけれど、それでも、みんなそれぞれ必死なのだということくらいはちゃんと知っているからだ。

みんな「自分の生きる意味」とか「1番大切な何か」とか「自分という存在の証明」とか、そういうものを必死に探し求めているのだ。あたしはめちゃくちゃに頭が悪かったことで、たまたま「本当の自由」を見つけることができたけれど、それって運が良かっただけだ。めちゃくちゃに頭が悪い故に、自由に自由を追い求めることができて、その結果、たまたま「本当の自由」を見つけてしまっただけなのだ。あたし以外のみんなは、ちゃんと必死に考えて、必死に今まで誰にも解けなかった超難問を解こうとしている。そうやって人間は分かることをどんどん増やしてきたし、これからも増やしていくのだと思う。

「分かること」ってのは、全て、元々人間の頭の中のどっかに存在していて、「分かる」ってのは「分かること」を人間が自分たちの頭の中から頭の外へアウトプットする方法を見つけたってだけの話で、つまり、人間の頭の中に全ての答えはあって、それを例えば文字とか図形とか言葉とかを使って説明するという作業を経て、あたしたちはやっとそれを答えとして受け止めることができる。「生きる意味」とか「1番大切な何か」とか「自分の生きる意味の証明」とかの、人生をかけて探すべきとされるそれらは、あたしたちが人間として生まれた時から誰に教えられたでもなく探し始めたであろうそれらは、絶対にあたしたちの頭の中のどっかに転がっているはずだ。あたしたちは、それを何千年、何万年と探し続けているのだ。

 

あたしたちは、何千年、何万年前から今まで、ずっとずっと同じ問題を考え続けている。

 

あたしは、たまたま、本当にたまたま、「本当の自由」を見つけることができたけれど、あたしはめちゃくちゃに頭が悪いから、それをみんなに分かるように伝えることができない。アウトプットがクソなのだ。だから、これは人類の答えとしては機能しない。あたしにしか分からない「本当の自由」なのだ。あたしのあたしによるあたしのためだけの答えなのだ。そう、けっきょくのところ、あたしはめちゃくちゃに頭が悪いだけの、ただの馬鹿でしかないのだ。