回想

小学二年生の頃だった。


幼馴染とふたりで下校していると、近所のお婆さんに声をかけられた。 「あら、〇〇ちゃん。大変なことだったなぁ」 何のことを言っているのか分からなかったので聞き返すと、お婆さんは沈んだ声で 「あぁ、知らんかっただか。あのな、おじいさんが帰って来とんさるで」 と言った。


玄関の扉を開くと、家の中には、いつもとは違う、甘い香りが充満している。 玄関を入って左側は、和室になっている。障子の向こう側で、大人たちが囁き合う声が聴こえた。 障子を開ける。黒い服を着た大人たちが、白い布団に寝転がり、白い布を顔にかけられた祖父を取り囲んでいる。 「顔を見てあげんさい」 祖母に言われて、恐る恐る、祖父の顔にかけられた布を捲る。 祖父の顔は黄色く、鼻の穴と唇の隙間から、白い綿のようなものがはみ出ている。寝息も、鼾も、聴こえない。静か過ぎる寝顔だった。


読経を聞きながら、微睡んでしまっていた。自分の後方で、誰かが啜り泣いている。家の前を流れる川の音と、和尚の声が、溶け合って、耳から入り込んでくる。そして、そのまま身体の中を流れていくように感じる。大量の菊が放つ甘い匂いが、部屋の中に満ちている。菊の匂いと、黒い服を着た人々に溢れた部屋で、棺だけが白く、目に沁みる。


祖父の骨は、白と灰色と黒の破片と粉だった。 「仏さんが座っているような形だから、喉仏って言うんですよ。この骨は硬いから燃え残ることが多いんです」 火葬場の職員が、輪っかのような骨を箸でつまみ上げて説明する。 「そうなんかぁ」「本当だなぁ、仏さんの形だ」「あぁ、立派な仏さんだなぁ」 大人たちが囁き合う。 親族で、順々に箸を使って、骨を壺の中に運んでいく。箸で渡して、箸で受け取る。バケツリレーのようにして、骨は壺の中へ収まっていく。 ある程度の量が壺の中へと収められると、かさを減らして、壺の蓋を閉めるために、箸で上から押さえつけるように骨を砕いていく。 親族の間で順々に壺が回される。 「ほら、砕いてみんさい」 そう言われて、骨を砕くことになった。 硬くて軽い、不思議な感触が、小さな手に纏わりつく。


 

ごりっ、ごりっ。


 

手に力を入れる度に、祖父との思い出が、砕けて、散らばっていく気がした。

 


ごりっ、ごりっ。


 

そういえば、最後に怒らせてしまったのは僕だったな、とか、スーパーの食玩売り場で、何を買ってもらおうか迷う僕を、何も言わずにじっと待ってくれていたな、とか、お見舞いに行った時、心配そうにしている僕の顔を見て、身体中にチューブを繋がれているくせに「おじいさんがウルトラマンになったるけえな、大丈夫だで」なんて言ってくれたな、とか。


 

ごりっ、ごりっ。

 


涙は出なかった。

こんなに簡単に粉々になってしまうものが、本当に祖父なのだろうか。 この破片や粉が、本当に祖父なのだろうか。 たぶん違う。

だから、涙は出なかった。



祖父の骨が収められた壺が、白く、光を反射している。壺の表面に、うっすらと自分の影が映っていた。