憂き世話

「おー、久しぶりー」

仕事終わりにコンビニで買い物をしていると、大学の同級生だった吉岡から電話が掛かってきた。

「久しぶり、なに?どうした?」

吉岡とは大学を出てからほとんど連絡を取ることがなくなっていたので、電話が掛かってくるなんて何事だろうと不思議に思う。

「どうしたって、いやー、なんかさ、お前の子供がうちに来ててさー。なんで俺のこと知ってんのかなって。ていうか、なんでうちの場所まで知ってんのかなーって」

は?子供?

「いや、僕、子供いないんだけど?」

僕には子供なんていない。それに吉岡とは10年近く連絡を取っていないし、子供がいたとしても、我が子が吉岡の家を訪ねていく理由なんて思いつかない。

「いやいや、だって玉崎の息子です、って言ってたよ?  おれの知り合いに玉崎なんてお前しかいないし、今、電話かける時にお前の連絡先見せて確認したし、間違いないって」

待て待て、全く意味がわからない。

「間違いないって言われても、僕、子供いないし、なんなら結婚もしてねえって!」

「えー、じゃあ、あれだ、知らん間に子供できてたんじゃねえの?  気をつけろよな〜」

あ、それなら可能性あるか。そう思い、考えてみる。あの子か?  それともあの子?  心当たりがないわけではない。

いや、でも待て待て、その子は何歳くらいの子なんだ?  ひとりで吉岡の家を訪れることができて、ちゃんと喋れるってことは、ある程度の年齢の子なんだろう。僕が女遊びをし始めたのはここ3年で、それまでは彼女がいて、でも色々あって上手くいかなくなって別れてしまった。僕は、大好きだった彼女と別れて、なんか全部どうでもよくなって、いろんな女の子に手を出すようになったクズ男だけれど、彼女がいる頃には彼女一筋で、他の女の子に手を出したりはしていない。

「その子って何歳なの?」

「おお、わからんな。聞いてみるから、ちょっと待ってな」

電話の向こうで吉岡が「あんた、何歳なん?」と誰かに聞く声が聞こえる。遠くから男の子の声がそれに「8歳です」と応える。

「8歳だってさ」

じゃあ、その子は絶対に僕の子じゃない。

「えっと、なんかよくわからんから、その子と直接話したいんだけど、電話代わってもらえる?」

「おう、了解…あっ、ちょっとちょっと!おーい!…あー、ごめん、出て行っちゃったわ。ちゃんと帰れるかな?  送ってった方が良い?  てか、俺、お前の家知らないから送れないか、わっはっは」

わっはっは、と笑う吉岡は呑気で、なんだか考えてもよくわからなくなって、わっはっはと僕も笑う。

「お前、連絡取ってない間に子供できてたなんてな!  父さんの同級生ってだけの知らない奴の家まで1人で来るって、めちゃくちゃ変な子だな!  わっはっは」

わっはっは。

「いや、だからそれ僕の子供じゃないって言ってるじゃんか、わっはっは」

「いやお前の子供だって本人も言ってたし、お前の子供なんだって、わっはっは、まぁ、じゃあまたなー、そのうち飲みにでも行こうぜー」

「おう、またなー、わっはっは、あー意味わかんねー!  わっはっは」

電話を切っても、なんだかおかしくて笑いが止まらない。こんなおかしなことがあるもんなのか。

もう一度、考えてみる。やっぱり心当たりはないし、何度考えても僕に子供はいない。間違いない。でも、僕の子供は存在していて、10年も連絡を取ってなかった吉岡の家に現れたという。

よくわからない。よくわからないまま、終わる。

明日も仕事だ。

いいんだ、どうせ、僕にわかることなんて、ほんの少ししかない。僕の頭の中には、僕にわかることと僕の知ってることしか存在しない。

でも世の中には、僕にはわからないことや知らないことの方が多いのだ。僕は、そういうことをわからないまま、知らないまま死んでいく。人生に、伏線の回収なんてない。起こったことは、忘れていくか、ずっと覚えたままでいるかのどちらかで、僕はきっと、この電話のことを覚えたままでいるけれど、その子が一体誰なのかはわからないままで死んでいくのだろう。

投げかけられた謎が全て解けるとは限らないし、全部わかってしまう人生なんてつまらないさ、きっと。