2018/09/16

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数年ぶりに会った幼馴染は、髪の毛が長くなっていて、化粧も上手になっていて、服もお洒落になっていたけれど、相変わらず気さくに笑っていた。

 

この集落には、僕と同じ学年の子は一人しかいない。その子は小学生の頃に引っ越してきたので、それ以前には、僕と同じ年の子どもはいなかった。ひとつ上の学年の子が五人いて、僕はいつもその子たちと遊んでいた。その五人のうち、三人は三つ子だ。男の子ひとり、女の子ふたり。

幼い頃には、みんなで稲刈りの終わった田んぼを走り回ってケイドロをしたり、道端の雑草を食べてみて美味しくない!と吐き出して笑ったり、梅雨時の夜に蛍を捕まえたりした。

大人になるにつれて、学校も別々になり、その後の進路や就職先も別々になり、さらに僕は年下だということもあって、彼ら彼女らと話す機会はどんどんと減っていった。
久しぶりに会ってもなにを話したら良いか分からず、沈黙の方が多くなっていった。

それでも、彼女だけは不思議と気兼ねなく話せる唯一の存在だった。
三つ子のうちのひとりの彼女とは同じ高校に通った。彼女が一年早く、僕が一年遅く入学したのだった。
高校時代、僕はバスで駅まで出て、そこからは自転車で高校まで通っていた。彼女とは朝のバスで乗り合わせることがあり、駅から高校まで自転車で並んで向かうことも多かった。高校生の男女が毎朝並んで高校に通っているその様子を見た友人から「彼女?」と聞かれたこともあった。僕たちは決して付き合っていたわけではなく、お互いそういう気持ちもなく、純粋に幼馴染として並んで通学していただけだった。
彼女は卒業して、県外へ出ていった。僕は彼女より一年遅く卒業した。僕は県内の大学へ進学した。

僕は彼女のことを尊敬していた。
今も、している。
小学生五年生の頃、陸上大会で彼女が走り幅跳びの大会新記録を出しているのを見て、僕も走り幅跳びを頑張ってみたことがあった。何度跳んでも彼女の記録を超えることはできなかった。中学に入って陸上部に入部して、やっと、僕は彼女よりも遠くへ跳べるようになったけれど、その頃には彼女はバレー部で、走り幅跳びなんてもうしていなかった。

幼い頃、ある冬の日に、僕がひとり、庭で雪の怪獣を作っているところに彼女がやってきた。また怪獣の脚の部分しか作れていなかった僕に、彼女は「何作ってるん?」と聞いた。「怪獣」と答えると「一緒に作ろう」と、怪獣の脚に雪を付け足し始めた。彼女は器用で、庭に積もった雪は着実に怪獣の手脚となり胴体となっていった。ふたりで雪を集めては固めることを繰り返して怪獣を形作っていった。結局、頭を作っている途中で五時のチャイムが鳴って、彼女は帰って行った。作りかけの怪獣は一週間も経てば跡形もなく溶けて消えてしまった。完成しなかった怪獣でも、こうやって僕はふと思い出す。

来年の春、彼女は東京に就職するという。デザイン関係の仕事らしい。僕は今年、地元の金融機関に就職した。彼女は大学院に通っていたので僕の方が一年早く就職した。
「君は県外に出ると思ってたよ」と彼女は僕に言った。僕は見透かされているような気がして、一瞬黙ってしまった。
ここに残ることを選んだのは、自分に自信と勇気が無かったからだ。本当は、こんな場所にいたいとは思っていない。ここで育って、ここで死んでいくのが正しいという思考が、ここには溢れるほどに満ちている。僕はその思考に嫌気がさしていながらも、その"正しさ"に沈められてしまった、つまらない人間だ。
東京に行くんだね、僕がそう言うと、彼女は
「これで、こんな田舎とはさよならだ!」
笑いながらあっけらかんと言った。
いつまでも追いつけないなぁ、と思う。

彼女は、ここから去る。僕は、ここで咆哮することのなかった怪獣を想い、五時のチャイムを聞き続ける。
あの頭の無い怪獣は、ふたりの関係性そのものだったのかもしれない。