憂き世話

空き缶が机の上に溜まっていく。机の上から淘汰された奴らは転がり落ちて床に横たわっている。窓を開けていると得体の知れない小さな虫が入ってくるし、浴槽の四隅は掃除しきれなかった水垢でぬめっている。脱ぎ散らかした服。雑然と積まれたCDや文庫本。

 

彼女はいつだって無垢な笑顔で男を転がしていたんだろう。俺だって転がされた中の一人なんだろう。彼女がどんなつもりだったのかなんて今更わからないし、わかる必要もない。ただ、触れた彼女の身体は温かかった。彼女はちゃんと人間だった。くだらねえ物語のヒロインなんかじゃない。だから、俺と彼女は分かり合えなかった。分かり合えなかったけれど身体を合わせて、分かり合えないから満たされないと会わなくなった。あの頃、間近に見た白い肌に生える細くて透明な産毛、それすら愛しかった。愛しくてどうしようもなくて、舌先で彼女の輪郭をなぞった。くすぐったい、と笑う彼女は俺の唾液で濡れてキラキラと輝いていた。

 

無造作に積まれた漫画本の中から、適当な一冊を抜き出して適当なページを開く。胸とクビレが異常に強調された女がよくわからない怪物に襲われている。リアリティもクソもないけれど、べつにこれを読む人はリアリティなんて求めてないんだろう。なんならリアルから逃れるためにページを開いてこの胸とクビレのお化けに会いに行くのだろう。こいつの二の腕とか背中にも産毛が生えてるのだろうか、とか考える。舌で舐めると、くすぐったいと笑うのだろうか、とか考える。馬鹿らしくなってページを閉じる。

 

ノートパソコンを開いて、エロサイトを漁る。こんなにたくさんの女性が裸になって画面の向こうで喘いでいるのに、そこに彼女の姿は見つけられない。あんなにたくさんの男と関係を持っていたくせに、画面の向こうに彼女の姿は見つけられない。彼女がどこにいて、何をして、誰に舐められて、誰にあの笑顔を見せているのか、俺はもう一生知ることはない。だから仕方なく、俺は知らない女が喘ぐ姿を眺めて、現実感のない汚ねえ部屋の中で、果てる。あんたわりと可愛いからまた会いにくるよ、そんな風に投げやりに、果てる。