憂き世話

「死んでしまえ」

ふと、口から出た言葉。誰に向けた言葉なのか、自分でも分からないけれど、死んでしまえ、確かに今、私はそう思って、そう口にした。

 

「死んでしまえ」

 

いつだったかな。元カレに言われたことがあった。

酔った勢いで居酒屋で知り合った知らない男と知らないホテルでヤって朝帰り、部屋で待ってた元カレに「知らん奴とヤっちゃった♡」と暴露したら食い気味に言われた。

100%、いや500%私が悪かった。

けど、それでなんか逆ギレしたのが原因で色々崩れてって、結局元カレは元カレで浮気してたのが発覚して、そんで別れたんだっけな。バカじゃん、私。元カレもバカ。

でも男と女なんてそんなもんじゃん。

 

いくら清楚を気取っていても、腹の底ではイケメンとヤりたいとか思ってるわけで。

いくら彼女一筋とかほざいてても、腹の底では可愛い女の子を求め続けてるわけで。

 

電車が来るまであと四分。

目の前で立ったまま寄り添って、同じイヤホン使って、ひとつのスマホで同じ動画見てるカップル。

お前らは本当は動画なんて見てなくて、この後どっちかの部屋で行われるあんなことやこんなことのことばっか考えてんだよな。

 

あー、くだらねえな。

 

「死んでしまえ」

 

もう一度、言ってみる。

誰に死んで欲しいんだろう。べつに誰にも死んで欲しくない。

嫌いな奴はたくさんいるけれど、死んで欲しいとまでは思わない。だって、みんなそれぞれ頑張っていて、必死で、いろんなことを考えて苦しんでる。苦しいけどなんとか生活をこなして、生きている。

頑張れ。

 

 

あ、そうか。

死んで欲しいんじゃないんだ。

 

 

これから電車に乗って、先週知り合った男に会いに行く。そこまでイケメンではないけれど、まあまあ背が高くて、まあまあなスペックのあの男。

 

行き着く先は?

 

確実に、愛じゃねえよな。愛そうとも思ってないし。きっと向こうも。

 

あー、くだらねえな。

 

あと二分で電車が来る。

 

「死んでしまえ」

 

目の前のカップルはイヤホンで片耳を塞いでいるし、動画に夢中なフリして夜のお楽しみに向けてあれこれ思い巡らすのに夢中だから、私の呟きなんて雑踏音の一部でしかない。私の後ろには誰も並んでいないから、私の声は私にしか聴こえていない。

 

「死んでしまえ」

 

あと一分で。

 

男と女なんて、分かり合えないもんな。

私と誰かなんて分かり合えない。

私と私も分かり合えない。

死ぬまで、ひとり。

 

あと何秒?