昔、僕のことを好きだと言ってくれた女の子がいた。背が高くて、優しい女の子。
僕はその頃、恋愛の仕方が全くと言って良い程に分かっていなくて、初めて付き合った女の子と不味い別れ方をした後で(別れたと言うより掴み損ねたと言う方がしっくりくる)、不味い別れ方をしたばかりに口の中に広がり続けるその苦味を噛み潰す日々を過ごしていた。
僕は、その子が僕のことを好きだという気持ちに薄々気付いていた。しかし、もしそれを打ち明けられてしまえば、僕はその子を傷付けてしまうということにも薄々気付いていた。それなのに、僕の横でその子の気持ちが高ぶっていく様子をただただ見ないふりをしてしまって、その結果、その子は僕に好きだと伝えてしまった。本当は、断わろうと思っていた。僕はその頃、恋愛の仕方が全くと言って良い程に分かっていなくて、口の中には一杯に苦味が広がっていたからだ。そんなところにその子の甘い気持ちを放り込んでしまうことは、是が非でも避けたかったのだ。甘い香りは苦味の中に飲み込まれてしまい、僕の口の中には今までよりも深く、複雑な味が、それでも苦いままに支配して、僕はそれを飲み下すこともできずに噛み潰し続けなければならなくなってしまう。断わろうと思っていたのだ。その子が涙を流しさえしなければ、僕は、俯いて足元を眺めながら、いいよ、なんて言わなかったはずなのに。
その日から僕は、その子のことを好きになろうと努めた。応えようとしていた。口の中は相変わらず苦くて、その子は相変わらず僕のことが好きだった。
しばらく経って、僕はその子に別れを告げた。理由は山程あったが、その全ては僕自身の問題であった。優しい女の子だったのだ。僕の思っていたよりも何倍も。しかし、僕が、その子が思っている何倍もつまらない人間であることに、その子は気付きはしなかった。だから、僕は気付いてもらいたかった。だから別れを告げた。
口の中は苦かった。いつもいつも苦かった。僕は、口の中一杯に広がる苦味に依存していた。たまに、喉の奥がはち切れそうに痛くなることがあった。そんな時、僕は口の中の苦味を飲み込んだ。飲み込む度に僕の意識は、くらくらと、震えた。その頃、その感覚が僕の全てだった。