憂き世話

唇を合わせる。そして、舌を合わせる。粘膜と粘膜の触れ合う音。唾液の混ざり合う音。今まで知らなかった他人の中の匂い。舌先が触れる他人の頬の内側の柔らかさ。

微かに血の味がする。気づかないふりをする。自分の怪我か、相手の怪我か、分からないし、どちらでも良い。混ざり合ってしまえば、どちらでもなくなる。一方で、どちらでもあるけれど。

こうやって何度も、何人もの他人と混ざり合って、そして、どんどん自分が薄れていく。見た目も性格も何も変わらないままに薄れていくのは一体、自分のどの部分なのだろうか。

他人の中に混ぜ込んで置いてきた自分は、これから先どうなっていくのだろうか。どこかでまた、知らない誰かと混ざり合ってどんどんと薄れていくのだろう。

そうやって薄く薄く広がって、シミみたいになって、消えない。この身体が無くなってしまっても、消えない。ただの汚れだ。世界を汚して、勝手に死んでいくだけだ。

そして、同時に汚されている。

汚く混ざったこの色が何色なのかもう分からない。目の前の壁に塗りたくられた色彩が、芸術なのか汚れなのか判断できない。何かを描いているのか。汚しているだけなのか。

綺麗な絵が描けなくても、誰かの絵の一部になれたら嬉しい。

微かに血の味がする。唇を離して、目の前の男の首元を舐める。唾液に混ざって、血の赤色。もう一度舐める。赤色を目の前の男の肌に塗る。これでも芸術のつもり。汚い芸術だって笑えよ。