憂き世話

「わたしは貴方の椅子になって差し上げたいの。」

「椅子か、そんな物になってどうするつもりなんだい?そんな物にならなくともきみは僕の恋人であるし、それに、きみは椅子になるにしては不恰好な形をしているよ。きっと、安定感が無いものだから、誰にも座られることなく、終わってしまうよ。」

「あら、貴方が座ってくれれば良いの。それだけで、良いの。不恰好な椅子だなぁ、と笑いながら身を委ねてくださるなら、そんなに素晴らしいことはないでしょう?」

「そんな椅子に座り続けていたら、腰を悪くしてしまうじゃないか。」

「立ち続けて腰を悪くするより、ましよ。でも、わたしは貴方の御身体を心配して椅子になりたいと言うのではないわ。貴方が座りたい時に座るための椅子になりたいの。ふふ、そんな顔をなさらないで。」

「きみの言っていることは、僕にはよく分からないな。まるで、要領を得ていないよ。きみの話を聞いていると、まるで水を掴むような気持ちになる。」

「あら、貴方、水なんて掴めるわけないじゃない。」

「そんなことは百も承知だよ。僕が言いたいのはそんなことじゃないよ。」

「分かっているわ、あのね、わたしはそんなに難しい話をしているわけではないの。貴方はわたしではないし、わたしは貴方ではないでしょう?それと同じで、貴方の椅子は貴方の鞄ではないし、貴方の鞄は貴方の椅子ではないのよ。どんなに不恰好でも、それは貴方の椅子なの。」

「だけど、不恰好な椅子よりも、きちんと調整された椅子の方が良いなぁ。道具には道具の役割があるからね。使い良い物を選びたいのは当然のことじゃないかな。」

「意地悪なことを言うのね、いいわ、何処からでも綺麗な椅子を探して来れば良いわ。そんな物、何処にでもある詰まらない物でしかないわ。そんな物、貴方の椅子ではないわ。使うのは貴方じゃなくても良いの。貴方は、貴方の椅子を無くして、何も考えずに、立ったり座ったりして、それはそれは滑稽ね。」

「怒らないでくれ、僕が悪かったよ。うん、きみは僕の椅子だね。僕の不恰好な椅子だ。全くもって座り辛い椅子だ。勢いをつけて座ったら、崩れてしまいそうで、恐ろしい椅子だ。だから、僕は静かに腰掛けるし、手入れだって欠かさないだろう。不思議なことに、僕はその不恰好な椅子を大切に想っているんだ。でも、何故大切に想っているのだろう。いくら頭を捻っても、分からない。」

「簡単なことよ。それが貴方の椅子だからよ。ふふ、貴方のものなのよ。」