高校時代のある日

田舎町のこの辺りにしては大型の書店の駐車場の端の段々になったところに腰掛け、友人と2人何をするでもなく、自分たちの退屈な日常について話している。アスファルトの割れ目や継ぎ目から雑草が生えていて、風にゆらゆらと揺らされている。

学校帰りに、中学の頃から仲の良いこの友人とばったり出くわして、どこかで話でもしようと、なんとなく、この駐車場に来た。彼は僕の通う高校とは違う高校へ通っていて、授業でよく海に潜るらしい。僕の高校は自称進学校で、前も後ろも右も左も勉強勉強とうるさい。
海に潜る授業ってなんなのだろう、と僕が考えながら友人の話をぼーっと聞いていると、向こうから50歳くらいのおばさんが近付いてきた。停まっている車も少なくスカスカな駐車場の端で、ふらりふらりとこちらへ歩いてくるおばさんを僕たちは、何も言えずに注視する。百歩譲っても、不審者、としか言いようがなかった。
「すいません!!いま大丈夫ですか!?」
おばさんは、5メートルくらい先まで歩いてくると、そう叫んだ。百歩譲っても、不審者、としか言いようがなかった。
「まぁ、大丈夫ですけど…」
何が大丈夫か分からないが、僕はなぜかそう答えてしまう。昔から、そういうところがある。友人はこの状況に興味を持ったのか、口の端が笑いそうになるのをこらえている。
「あのね、私、いま、血液型を当てる練習をしているのだけれど、付き合ってもらえないかしら、すぐ終わるから」
おばさんがなんだか自信満々な顔で言うので、良いですよ、と承諾すると、おばさんは嬉しそうに笑った。
「それじゃ、右のあなたから。手のひらを見せてもらっても良いかしら」
まずは友人のターン。友人が手を差し出す。すると、おばさんもなぜか手のひらを差し出す。おばさんの手のひらには「ABABO」とひょろひょろとした字がボールペンで書かれていた。ちょっと掠れて消えかけている部分もあった。「そうね、うん、そうね」おばさんはぼそぼそと何かを言ったかと思うと、「ABABOABABOABABO…」
呪文を唱え始めた。僕と友人は必死に笑いを堪える。
「ABABOABABO…あなた、O型ですね!」
 
違う。友人はAB型だ。
「いやぁ、違いますねぇ…」
友人は勝ち誇った顔をして、おばさんに告げる。おばさんは悔しそうな顔をする。
「うーん、違いますか…おかしいな…じゃあ次はそこのあなたの血液型を当てます。」
いよいよ、僕のターンだ。なぜだか少し緊張する。
「それじゃ、手のひらを見せてもらっても良いかしら」
僕は手のひらを差し出す。すると、おばさんも手のひらを差し出す。おばさんの手のひらには…(略)
「ABABOABABO…あなた、B型ですね!」
おばさんは期待に満ち溢れてた目でこちらを見つめる。やってやった、そう顔に書いてあるかのような勝ち誇った表情。果たして僕の血液型はB型であるのだろうか。それとも、別の血液型であるのだろうか。
僕は、静かに口を開く。
「…いや、違いますね」
なんとおばさんは、2回ともハズしてしまったのだ。血液型を当てる練習をしているおばさんともあろう者が、2回ともハズしてしまったのだ。勝率ゼロパーセントなのだ。おばさんは泣きそうな顔をして「あれ、おかしいなぁ」と呟いた。なんなのだろう、このおばさんは。あれ、おかしいなぁ、じゃねぇよ。当ててくれよ、血液型を。他には何もいらないから、血液型を当ててくれよ。
「でも、まぁ、こういうこともあるけれどね、実はね…」
おばさんが、苦し紛れに何か言おうとしている。実はなんなのだろうか。僕たちは、言葉の続きを待つ。おばさんはこちらを見ることもなく続けた。
「実はね、この能力は誰にでもあるものなの。あなたにも、あなたにも、この能力はあるのよ。本当なのよ。この能力は誰にでもあるのよ…おかしいなぁ」
何を言っているのだろう?  言い訳ですらない謎の発言だった。誰にでもある能力なら、なおのこと当ててくれよ。
僕たちが呆れてものも言えずにいると、おばさんは申し訳無さそうな表情を浮かべて、
「付き合っていただいて、ありがとうございました。・・・この能力は誰にでもあるんですよ、あなたたちにもあるの、ありがとうございました」
そう言って、くるりと背を向けて歩いていった。切ない後ろ姿だった。