憂き世話

  中国地方の小さな地方都市、都市だなんて呼んでしまうのも恥ずかしいくらいのここにある国立大学には、受験に失敗してランクを下げて行き場もなくて仕方なくここを選んだという学生ばかりが多く通う。なんでこの大学を選んだの? と訊くと大抵、苦笑いを浮かべて「聞かなくてもわかるだろうに」という目でこちらを見つめる。

 自分は何故この大学を選んだのか。純粋に、地元の大学であったからだ。やりたいこともないし、わざわざ遠くの大学に行く意味も見出せなかった。高校三年生の頃、クラスメートたちが続々と進路を決めていく中、自分だけが最後まで進路を確定せずにだらだらと受験勉強をこなすだけの日々を送っていた。

 

「やりたいことがなかなか見つからないんですよねえ」

 

 担任との面談の際に言ったことがある。担任の眼鏡が少しだけ左に傾いていたのを覚えている。レンズ越しの目は机の上の資料に向けられたままだった。

 

「やりたいことなんて、大学に入ったら勝手に見つかるから、とりあえず少しでも興味のあることを学べそうなところを探してみなよ。大学にはいろんな人がいて刺激にもなるし、サークルに入ったり、バイトしたり、そういう経験の中でいろんなことを学んで自分の生き方を考えてみるのがいいと思う。今は、難しく考えすぎない方が良い」

 

「そんなもんですかねえ」

 

 担任は自分のことしか考えていないのだろうな、と思った。自分のクラスの進学率を上げたいから、そして少しでも自分の評価を上げたいから、この自分がかけている眼鏡の傾きにも気づかない男は自分の将来ばかりに目を向けていて、ちっとも私の目を見ようともしないのだ。

 

「先生は、どういう基準で大学を選んだの?」

 

 もし、この教師が自分と同じように何の目的も期待もなく大学に進学をしたというのなら話を聞いてやっても良いな、と思い訊ねる。

 

「俺は教師になりたかったから、教員免許を取れる大学を探したんだよ。まあ、どこに行っても大抵の大学は教員免許くらい取れるんだけど。あとは、歴史が好きだったから、そういうことを学べる大学を選んだってのもあるかな。でも、その他のことはあまり考えてなかったなあ。」

 

 なんだ、やっぱりやりたいことがあって大学に入っためでたいタイプの人間じゃないか。尻が痛んできたので、座り直すと椅子が軋んで嫌な音を立てた。

 

「じゃあ、先生は教師になりたいという信念を持って大学生活を過ごして、実際に教師になって、素晴らしい生き方をしてきたんだね。すごいね」

 

「べつに素晴らしくはないだろ」

 

「いや、素晴らしいと思うよ」

 

 生徒に褒められて嬉しいのか担任の口角が少し上がった。つまらない。こんな男でも夢を持ってまっとうに生きてきたのだ。自分は何をしているのだろうか。

 

 大学に入学すると、思っていた通り「大学生マジ最高じゃん」と顔に書いてあるような人間ばかりが教室や廊下、食堂などに蛆のように湧いて蠢いていて、もとから少ししか持ち合わせていなかった希望も粉々に砕け散って蛆に食われていった。

 最初に私に話しかけてきたのは、肩くらいまでの髪の毛を金に近い茶色に染めた好美という女だった。右の耳たぶに大きめの黒子のようにくっついたピアスは開けたばかりなのだろう、穴の周りが赤くなっていて、体液が乾いて黄色く粉を吹いていた。

 

「あなたどこ出身? あたしは岡山から来たんだー。この辺りって店も少ないし遊ぶとこないよね。四年間やっていけるかなあ」

 

「私、ここ地元なんで」

 

 簡潔に答えると、好美は「え、地元なんだ、すごいね」とよく分からないことを言った。何もすごくない。黙っていてほしい。