2021-01-01から1年間の記事一覧

水底の猫 : 一

蝉の声が熱い大気を揺らして、陽炎を生む。枝木の影が、群れたまま干からびた蚯蚓のように、縁側の床に伸びている。流水が岩に激しくぶつかって割れる音が、日差しに焼かれた地表に染み込んでいく。切るのが面倒で伸ばしっ放しになっている前髪が、汗で湿っ…

2021/3/28 : 春

地獄みたいな日々を必死に泳いでいる。 でも、この地獄みたいな日々の作者はきっと僕なので自己責任だろう。僕は時間という食糧だけを与えられているだけで、自分の脳味噌で生み出された咀嚼の仕方しかできないのだから。 「おれはこういう人間だ」 某ビッグ…

憂き世話

どうしようもなくなったときには文章を書く。思ったことをただただ形にする作業。僕の脳から生み出された感情がフニャフニャとした線の集合体となり、意味を含んで他人の脳内に流れ込み他人の感情を揺らす。僕の脳とこれを読んでいる人の脳が、ある意味繋が…

憂き世話

父さんはいつも私に言った。 「お前は、母さんによく似てるな」 母さんが死んで、父さんとふたりで暮らし始めてからというもの、周りに頼れる人もいない私の生活は父さんと二人で閉じていた。 幼稚園の迎えはいつも七時を過ぎてからだった。五時を過ぎると先…

2021/01/18 : 冬のある日のこと

週に二度、顔を合わせていた人が死んだ。 顔を合わせると言っても、普段は特に話をするわけでもなく、用事がある時に少しだけ話すような、本当に顔を合わせるだけの関係だったのだけれど、それでも僕はすごくショックを受けてしまって今日は脳味噌が使い物に…

憂き世話

「あなたのその薄くて可愛らしい上唇を、私のこの少し黄ばんだ、でも、矯正治療をしたおかげで綺麗に並んだ歯で、ぱくり、と噛む。そして、噛み締める。あなたの体温が舌先に触れる。ぬるい。私は更に咬筋に力を込める。ブチ、という不快な音が口の中、いい…