2021-03-28から1日間の記事一覧

水底の猫 : 三

家へ帰ると祖母が玄関の前で迎え火の準備をしていた。 「あら、智くん、おかえり」 左腕で苧殻の束を抱え、右手に火箸を持った祖母が智一に気付いて、にこりと笑いかける。 「迎え火を焚くけ、お父さんとお母さんを呼んできてえな」 智一の家では、毎年、盆…

水底の猫 : 二

「なんでいつも電話に出てくれんの?」 鳥居をくぐり、苔むした長い石段を登り終えると、蝉の鳴き声に割り込む葉月の不機嫌そうな声が耳に入る。葉月は社の濡れ縁に腰掛けて、両足をぶらぶらと揺すっていた。夏の日差しは人間を焼き尽くそうと必死なのに、葉…

水底の猫 : 一

蝉の声が熱い大気を揺らして、陽炎を生む。枝木の影が、群れたまま干からびた蚯蚓のように、縁側の床に伸びている。流水が岩に激しくぶつかって割れる音が、日差しに焼かれた地表に染み込んでいく。切るのが面倒で伸ばしっ放しになっている前髪が、汗で湿っ…

2021/3/28 : 春

地獄みたいな日々を必死に泳いでいる。 でも、この地獄みたいな日々の作者はきっと僕なので自己責任だろう。僕は時間という食糧だけを与えられているだけで、自分の脳味噌で生み出された咀嚼の仕方しかできないのだから。 「おれはこういう人間だ」 某ビッグ…