憂き世話

ぴいぴいと鳴く小さな生き物が、うちへやって来た。やって来たというか、風呂から上がって、火照った身体を冷やそうとミネラルウォーターを飲むために冷蔵庫の扉を開くとちょこんと座っていた。私が「うわっ」と叫ぶと、ぴい、と鳴いた。そっと手を伸ばして…

日常

講義が終わって近所の書店に行った。岩波新書蔵出し祭というキャンペーンをしていて、キャンペーン中は岩波新書1冊購入につき1回福引きに挑戦できる。福引きの商品は岩波の限定グッズ(非売品)らしい。twitterでそのキャンペーンを知ったので、講義が終わっ…

汽車

汽車に乗っている。田舎なので、電車ではなく汽車。通路を挟んだ向こうの席に老夫婦が座っている。老夫婦は、この汽車に乗り換える前の汽車にも同乗していた。もう車を運転していないのかもしれない。だから汽車に乗っているのかもしれない。それにしても、…

憂き世話

フルはウロを私に渡そうとビを伸ばした。私はそんなものにはもう飽きてしまったので、視線だけはウロの方に向けて、じっとその場に座っていた。フルは「アラ、ゴキゲンナナメカナ」なんて言って、ウロを、ことり、と置いて向こうへ行った。ここには、フルの…

憂き世話

僕はウサギだ。これは比喩でもなんでもなく、近所の遊園地でウサギの着ぐるみを着て風船を配っている。バイトの求人を探していたら、たまたま見つけた仕事だった。なんとなく楽しそうだと思い、なんとなく応募したら、数日後には、僕はウサギになっていた。…

憂き世話

この部屋に居ると、落ち着くので、私はよくこの部屋を訪れます。私は几帳面な性格ではなく、どちらかというと大雑把な性格をしているせいもあって、この雑然とした空間を堪らなく心地良く感じるのです。今、私の周囲は様々な物で溢れて、少しでも手を触れた…

機械音痴

母親は携帯電話を使うのが下手だ。スマホを使っているくせにyoutubeの見方が分からない。LINEも使うが、なぜかカタコト。たまに倒置法。ごく稀にではあるが「あ」「き」「く」など謎の平仮名が送られてくる。怖い。祖母も携帯電話を使うのが下手だ。メールは…

回想

彼の故郷は小さな集落である。水田や畑が民家と同じ数ほど並ぶその集落には、1年中、土の匂いが漂っている。集落の中には1本の川が流れている。彼の家はその川沿いの崖の上に建っていて、彼は常に水が岩にぶつかったり渦を巻いたり忙しく流れ続ける音を聞き…

憂き世話

「わたしは貴方の椅子になって差し上げたいの。」「椅子か、そんな物になってどうするつもりなんだい?そんな物にならなくともきみは僕の恋人であるし、それに、きみは椅子になるにしては不恰好な形をしているよ。きっと、安定感が無いものだから、誰にも座…

大人感

ふとした時に、沸々と湧き上がるこの嫌な感情の名前は何というのだろう?というか、名前のある感情なのだろうか?考えたところで答えなど誰にも分からない。もし分かるとしたら、それは、それを抱えている僕自身にでしかありえない。いつもいつも、考えてい…

昔、僕のことを好きだと言ってくれた女の子がいた。背が高くて、優しい女の子。 僕はその頃、恋愛の仕方が全くと言って良い程に分かっていなくて、初めて付き合った女の子と不味い別れ方をした後で(別れたと言うより掴み損ねたと言う方がしっくりくる)、不…

憂き世話

彼は硝子で作られた兎である。彼を見るものは声を揃えて綺麗だ、と言った。しかし、彼には色彩が無かった。透明なその身体の内側を光は貫通し、彼はその様子を見て、憂えていた。彼の身体を貫通し切ることのできなかった光の欠片達は、彼の足元に彼の影を薄…

一番好きな数字は何?

小さな頃、好きな数字は2であった。理由はなんか格好良いから。2以外の数字はダサく見えたし3や7に至っては、なんて変な形なんだ!と思っていた。中学くらいになると、6や9のフォルムもあれ?なかなか良いな、と思い始め、高校に入ると、あれ2ってな…

万年筆と左手

成人の祝いに貰ったお金で万年筆を買った。ふと思い付いてネットで色々調べてみると思っていたより色々な種類があり、デザインも様々で、面白い。知識など無いので、とりあえずデザインやロゴが気に入ったものを買った。ひとつだけ問題があって、僕は文字を…

聖夜

クリスマスだから献立にケーキって書いてあったけれど、今は何も食べちゃいけないから、食べられなかった。病室のベッドの上で母は言った。手術は15時半頃から始まって、僕は、姉が母親の入院中の暇潰しにと持ってきていた「星の王子さま」を読んで、手術が…

楽器の一つひとつが鳴らす音を違える、つまり、個性を持つ様に、声も個性を持つ。声は音だ。そして、楽器の個性を最大限生かす役割を持つのが奏者だ。良い音が鳴る楽器でも、奏者次第では退屈な演奏となる。楽器を生かすも殺すも奏者次第である。声の持ち主…

憂き世話

誰も居ない様な夜だった。まるで、孤独の様だった。紫煙が空気に溶ける事に意味は無かった。黒い空に穴が空いていて、それは突然、視界の上へ上へと泳いでいった。此処はゆっくりと、しかし、僕達の思いもよらない速度を保っている。知っているようで分かっ…

欲しい物が沢山ある。カメラや服やCDやアイスクリームや豚肉や。ありとあらゆる価値観や文化や人間が溢れている現代においても生活を豊かにするのは簡単に思えて難しい。過酷な労働状況、就職難、ブラック企業、そんな言葉を耳にする機会は多いけれど、まだ…

一人暮らしを始めるまでの約18年、毎日食べ続けていた祖母の手料理だが、あとどれくらい食べることができるのだろうか。何回、食べれるのだろうか。ふと、そんなことが頭に浮かんだ。人生は短い。思っているよりも、たぶん短い。寝る。

隣人

隣人は僕と同じ大学生である。茶髪で身長も高い方で、THE大学生な見た目をしている。たまに廊下ですれ違うが挨拶はしない。僕は彼が苦手である。というのも、五月蝿いからだ。関わりなんてないし、ただ部屋が隣というだけの関係だが、苦手である。彼は昼間も…

印刷物を40ほど用意しようと思っていたら、図書館のプリンターがインク切れで使えなかった。プリンターは2台並んで設置されているので、隣にあるもう1台に向き直ると、そいつもよくわからないエラーで使えない。昼休憩はあと5分。3限に間に合わない。学部棟…

寝なければ

綺麗な歯並びも、男性として魅力のあるだけの身長も、丁度良い広さの額も、パッチリとした目も、筋の通った鼻も、さばけた性格も、楽天的な考え方も、たくさんの友人も、白い肌も、将来の夢も、理想の未来も、充実した心も、その他諸々。手にしていないし、…

憂き世話

彼が会いに来てくれた。彼は温和な人で、私は彼の怒った姿を見たことはなかった。私にまだ心を許してくれてないのか、と不安になったこともあるけれど、彼の幼なじみですら彼が怒っているのを見た記憶がないという話を聞いて、あ、彼はそういう人なのかと安…

ベランダ

最近の僕にとって、ベランダは聖域である。干しっぱなしのバスタオルは夜の冷たい風に吹かれて、冷たくなっている。慣れない煙草を吸ってみるのも、世の中を客観するため、である。大学生になったから今更、煙草如きで、非行だ、なんて誰も言わないのだ。室…

憂き世話

人混みの喧騒の中にふわふわ浮いている、アイツは何者なのだろうか。生き物であるかどうかすら判別不可能である。少なくとも、アイツは多くの人々が行き交う街の片隅でふわふわと浮かんでいる、ということだけは僕の足りていない脳味噌でも判断できている。…

憂き世話

朝、目が覚めると隣に彼女が眠っている。朝は気分が良い時と悪い時がある。今日は少し気分が良い朝だ。僕はテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押した。画面の中では、先日この町で起きた女子大生失踪事件について様々な議論が交わされている。警察は…

憂き世話

世界の極一部である。免れることの出来ない真実。僕は世界の極一部である。取るに足らない世界の極一部である。居なくなったところで痛くも痒くもない世界の極一部である。だから、世界から乖離したいと願う。いや、乖離とまでいかなくて良い、ただ、少しだ…

下書き

誰でもないたった1人の自分に成りたいなんてことを思っている人は多いと思う。個性派、とか目指しちゃう人も多い。でも、「個性派」のモデルは各々の中に確実に存在していて、そこを目指して個性を磨いている人が大半だと感じる。それって個性なのか。こう在り…

帰省

実家から離れてまだ1年と少ししか経っていないのに、たまに実家に帰ると色々な変化を身に染みて感じる。少しだけ、1人だけ取り残されたような気分。 リビングにソファが増えたこと、風呂場のドアノブが帰る度にグラグラになっていくこと、弟の身長が伸びて…

空気

生き物は空気を吸って生きている、そんなことは誰でも知っているし、当然のこと過ぎて意識している人の方が少数だ。それでも僕らは間違いなく呼吸をしていて、誰一人の例外なく酸素を取り込んでいる。相変わらず僕らは8畳の小さな部屋で、欠伸を噛み殺して、…